宝屋

ある明治人の道程

 明治生まれの創業者(祖父)は縁を頼り東京の某子爵家の書生に。その後、事業を興そうと大阪の粟おこし店で修行、認められ独立しました。
 ここに宝屋は「粟おこし」の製造・販売業として昭和の初め、大阪市天王寺区玉造で産声をあげました。当時西日本経済の中心でもある大阪は「軍都大阪」でもあり、近くの大阪城には大阪第四師団司令部・その東側には大阪砲兵工廠、関連の民間工場もあり数万人程が働いていました。今にくらべ甘い菓子類も少なく、軍や工場などで働く多くの人々でとても賑わっていました。しかし大東亜戦争が激しくなると祖父は召集で再度戦地へ、店舗は建物疎開(空襲による火災で延焼を防ぐ為の建築物撤去)の指定になり破壊されることになりました。主人は不在、店舗も破壊されるので玉造から疎開しました。祖父は出征に先立ち、粟おこしに使う材料を備蓄しており、祖父の復員までなんとか生活ができました。祖父は戦地で敗戦を迎え降伏捕虜、二年ほど経て復員、戦後の混乱で全てを失ったことを知ります。食糧難の時代、お米は配給制で粟おこしの材料もなく、新たに仕事を探すことに。そんな時、玉造での隣家で親交のあった呉服屋さんが質屋となり、勧められ質屋になることを決意。昼間は電力料金徴収員として働き夜は勉強。色々な方に助けていただき、現在の東大阪市布施で宝屋は「質屋」として新たな出発をします。
 明治生まれの創業者が実践した「まじめ」と「誠実」を受け継ぎ、宝屋は80年以上の時を刻み続け現在に至ります。
宝屋の歴史
宝屋の物語り
TOP
宝屋の物語り
お取り扱い品
質預り
質預り具体例
質預りよくある質問
買取り
ロレックス買取り
ルイヴィトン買取り
その他の買取り
アクセスマップ
貴金属買取りでよくある質問
店長ブログ
東大阪市荒川1-4-16 Tel.06-6721-1772 営業時間/9:00~19:00 定休日/2日、7日、12日、17日、22日、27日
Copyright(C)2010-2015 TAKARAYA. All Rights Reserved.